『 憂いし呂蒙、太史慈の門出に惑いもがく 』

僕を抱く太史慈の背中に手を回し、僕は必死で彼にしがみついた。

離したくなんかない…このままずっと…。

でも明朝には旅立つこの人を、僕は見送らねばならない。

‘大規模な遠征ではないからすぐに終わる。大丈夫、きっと無事に帰ってくる。’

何度も自分に言い聞かせた。

でも・・・。

『お願いですから、行かないで下さい』

いっそこう言ってしまえば、少しは楽になれるだろうか?

いいや、判っている、判っているんだ。

確かに楽になれる、でもそれはほんの一瞬で、あとはただ苦しくなるだけ……僕も…太史慈も…。

それでもこうして太史慈に抱かれていればいるほど、募る愛しさに比例して不安も大きくなってくる。

そして、ほんの一瞬でいいから楽になりたいと、言ってしまいたい誘惑に抗いがたくなってくる。

この誘惑に捕らわれて、開きかけた口がどうしても閉じてくれない。

ああっ、はやくこの口をふさがなければ、このままじゃ抑えていた言葉が今にもこぼれだしてしまいそうだ。

どうやって口をふさいだらいいのだろう?

簡単だ、両手で口を覆ってしまえばいい。

でも太史慈の背に回したこの腕を離したら、この人が今すぐどこかへ行ってしまいそうで怖い。

なら、太史慈の唇と重ねてしまえばいい。

でもそうしたら、吐息と共に言ってはならない言葉が彼の中へ直接なだれ込んでしまいそうで怖い。

どうしよう? どうすればいい?

不安にかられて僕の頭の中はグチャグチャだ。

うっすらと瞼を開けば、古傷のある太史慈の肩が僕の視界に入った。

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肩の傷がうずく…。

我が君への挨拶を終え、謁見の間を後にした俺は、思わず痛む肩に手を回していた。

昨夜のことを思いだす。

うずくのは古傷ではなく、その上に付けられた真新しい傷。

この傷を付けたのは呂蒙だ。

痕が残るようなモノでもねぇが、やけにひどくうずく。

俺は今から、兵を率いて遠征に旅立つ。

これが俺が蜀より生還して始めての戦となる。

それゆえ昨日の呂蒙は、様子がいつもと違っていた。

無理して気丈に振る舞おうとする姿がなんとも痛々しかった。

そして、夜は珍しくアイツの方から誘ってきて、俺が躊躇するほど何度も強請ってきた。

呂蒙が言いたいことも、それを必死で飲み込もうとしていることも判っていたが、俺はただアイツが望むままに抱いてやることしか出来なかった。

なんの約束もしてやれねぇ事がなんとも歯がゆいが、人の命運など誰にも判りゃしねぇ。

だから血がにじむほど肩に噛み付かれても、その痛みを甘んじて受けた。

俺は武人として誇り高くありたいと思う。

そうあることで、またアイツにつらい想いをさせてしまうかもしれねぇんだが…。

死に急ぐつもりはねぇが、死を怖れて戦いに臨めやしない。

俺にはどちらも捨てることなど出来るわけもない。

呂蒙は俺たちを城門まで見送りに出向いてくれた。

馬上の俺と呂蒙の目が合う。

快晴の空とは裏腹に、曇った表情の呂蒙…。

不安気なヤツを見ていると何か言ってやりたくなるが、だがやはり『必ず帰る』とか『待っていろ』等とは言えなかった。

言うのは簡単だが、気休めにもならねぇどころかお互い苦しくなっちまいそうに思う。

それに今の呂蒙には、言葉はきっとすり抜けてしまう。

だからただまっすぐに呂蒙を見つめた。

なにがあろうとオマエは一人じゃないと、そんな想いを込めて。

すると、固い面持ちだった呂蒙の表情が次第に和らいでゆき、俺に向けてふわりと笑った。

俺が思わず面食らうほどの透き通るような笑顔に、俺は安心して兵達に出発の号令をかけた。

そして、心の中で肩の傷が癒えぬうちに戻れるよう尽力することを誓った。

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昨夜僕が寝入るまで、太史慈は僕の頭を優しくなでてくれた。

気持ち良くてトロトロと眠くなる。

「ったく、思いっきり噛み付きやがって…」

「すっすみません…つい……」

「そんなに不安か、呂蒙?」

「……はい」

「そうか……俺もだ」

「太史慈も?」

「あぁ…、自分の事も、オマエの事もな」

彼も同じ気持ちだと思うと少し心が軽くなった気がした。

僕だけではないのだと。

「だから、せめて明日は笑顔で見送ってくれ」

でも、笑顔で見送るなんて自信がなかった。

そしてついに出立の時が来た。

空はすこぶる晴れやかで、なんとも清々しい朝。

でも、太史慈を見送る僕の心はどんよりと暗く重い。

僕は重い足取りのまま、軍師として将軍にはなむけの言葉をかけるべく、太史慈の前へでる。

馬上の太史慈と目が合う。

そのまま太史慈は、ただじっと僕を見つめてきた。

それは、なんとも力強く暖かく優しい眼差しだ。

太史慈の全てが詰まっているような気がした。

不思議だ、直接触れ合っていないのに、こんなにも彼を感じているなんて。

そうか、僕は過去のつらさや悲しみに縛られて、我武者羅に彼を求め過ぎていたのかもしれない。

前に太史慈が言った言葉が蘇る。

『例え死が二人を別つ時が来ても、心まで引き裂かれはしねぇ』

そう、離れていても僕らはひとつ。

‘もう大丈夫、僕はあなたの留守をしっかり守ります。’

新たな決意で心が満ちる。

だから僕は自然と太史慈に笑顔を返すことが出来た。

「それじゃぁ、後は頼んだぜ、軍師殿」

「はい、お任せ下さい将軍」

太史慈は満足気な顔を僕に向けて旅立って行った。

離れていても僕らはひとつ。

でも太史慈、やはり側にいてくれないと寂しいので、はやく帰ってきて下さいね。

−了−

( 2007.12.10 里武 )

コレ、昔MEMOにupしたオチがフライングな呂蒙が太史慈に噛み付くSSもどきのリヘ"ンシ"だったりします。

未消化なまま書き始めたら、書いてるうちに方向性が変わってまとまらなくなるし、文章量は三倍くらいに増えちゃうし、
書けねぇ〜どうしよう〜って悩んでたら、風邪ひいて頭ぼ〜っとなって益々書けなくなるし、予想外に難産でした。

※近いうちにタイトル付けて、微修正する予定です。
※取りあえず、行間を開けて、微妙に表現足したり変えたり。まだタイトル未定、微修正予定。(2007.12.16)
※ようやく風邪全快。タイトル付けて、微修正しました。(2007.12.22)