『 星空の下、至幸の温もりに酔いしれる 』
肌寒さを感じ始めた晩秋、日暮れの早くなったこの季節、夕暮れ時かと思えばすぐに辺りは暗くなる。
そんなころ、太史慈と呂蒙は二人で宮廷を辞しようと中庭沿いの廊下を歩いていたのだが、太史慈が黄蓋に呼び止められてしまった。
「ちょっと待っててくれ」
そう太史慈に言われた呂蒙は、廊下から中庭に出て庭石に腰掛けて待つことにした。
見上げれば、良く晴れた空にはすでに満天の星と見事に浮かび上がる月。
地上での度重なる戦が嘘のような美しさ。
呂蒙はそのまましばしそれらに見とれた。
昔から星空を眺めることは好きだった呂蒙だが、子供の頃に見た星空より今見る星空の方がずっと美しいと感じられる。
いざこざの絶えない地上とは違い、天はあの頃とほとんど何ら変わらないようであるのに…。
呂蒙は思う。
これはきっと太史慈のせいだと。
心に余裕がないと美しいものを愛でる余裕も無くなるし、心が疲弊していれば感受性は鈍る。
でも、今の自分は太史慈のおかげで心はいつもこの上なく満たされている。
大変なことは絶えない世情だけれど、太史慈の隣には穏やかな幸せが常にある。
決して子供の頃が不幸だったというわけではない。
生活は豊かではなかったけれど、家族に囲まれ幸福だった。
けれど、太史慈がくれる幸福とは全く違うものだった。
「待たせたな、へなちょこ」
黄蓋と別れた太史慈が、中庭に呂蒙を認めすぐ側までやって来た。
「僕はへなちょこではありません」
呂蒙は立ち上がり、太史慈の方へ向き直る。
すると身体を伸ばしたせいか、肌寒さに小さく身震いしてしまった。
すばやく太史慈の暖かな掌が呂蒙の頬に触れる。
「少し冷えたか?」
そう言うやいなや、太史慈は呂蒙の腰を抱くほどに引き寄せ、自分の外套(マント)を拡げ呂蒙を包み込む。
「大丈夫です、あなたがこうしてくれるならすぐに暖まります」
「なら、今夜は一晩中、暖めてやる」
「はい…」
呂蒙はこの上ない今の幸福が、天に輝く星達のように永遠に続けばいいと願った。
星達も永遠ではないと、彼が知る由もない。
−了−
( 2007.11.14 里武 )
欠番状態だった巻之四、
実は巻之参があまりに不出来だった為にこれを補足するようなモノを書こうと空けていたのですが、
どうにも上手くまとまらなくて、代わりにこれをねじ込むことにしました。