『 剛の太史慈、呂蒙の所作に困惑す 〜其之弐〜 』

成り行きというか勢いというか、思わず俺は呂蒙に接吻してしまっていた。

やはり俺はコイツに惚れちまっているのか?

・・・・・・???

確かに、大事にしてやりたいと思う。

男だということも、すでにどうでもいい気がする。

しかし、だ。

どうにも今一つピンとこねぇんだよなぁ。

あ〜っさっぱりだ、色々考えてみても頭の中の整理がつかねぇ。

このままぐるぐる考えても仕方がねぇから、帰って昼寝でもするか。

「今日の稽古はこれで終いな」

そう言い捨て、俺はさっさと演武場を後にしようとしたが、呂蒙に袖を掴まれてしまった。

「ちょ、ちょっと待って下さい太史慈様! い、今のは一体なんだったんですか?」

まぁ至極当然な質問だな。

なんの前触れもなく口付けられたのだから、そりゃ、からかいなのか本気なのか判断に苦しむだろうよ。

で、俺としちゃどちらも正解のようなそうでないようなで、どう答えるべきか悩むところだ。

答えあぐねていると、呂蒙がすがりつくように必死に俺を見上げてくる。

その必死さになんだか目を反らせない。

「うっ………」

ちょっと思い詰めたような呂蒙の表情を見ていると、罪悪感のようなものすら感じてきた。

このままじゃいかんと思うが焦るばかりだ。

で、思わず、

「何でもねぇよ、たかが接吻の一つや二つで、ガタガタ言ってんじゃねぇ」

と苦し紛れに言ってしまい、呂蒙の顎に手をかける。

もう一度接吻しようとすれば、きっとコイツはギュッと身を固くするだろう。

そしたらその隙に退散してしまおう。

だが、呂蒙のヤツ、今度は俺の予想通りの態度を取らなかった。

「やめて下さい!」

そう言うやいなや、呂蒙は俺の手をバシッと払いのけた。

「!」

「ぼ、僕はこんな風にあなたにからかわれるのは嫌です!」

一瞬俺には何が起こったのか判らなかった。

ただ、呂蒙の足音がどんどん遠ざかっていくのだけはなんとか理解した。

呂蒙を置き去りに逃げ出すつもりが、反対に俺が一人演武場にとり残されてしまった。

俺は愕然として動けず、ただただ走り去る呂蒙を見送ることしか出来なかったのだ。

呂蒙が俺を拒絶する。

それはあり得ないことだと思っていた。

今まで呂蒙は色々と小言や不満は言っても、俺をいつも立てていた。

だから俺は今起こったことが未だ信じられず、ただ立ち尽くすばかりだ。

次第に押し寄せてくる喪失感。

俺を包み込む空虚なる空間。

それらはこの腕に呂蒙を抱けばすぐにでも拭い去ることが出来るだろうと容易に想像できた。

俺には呂蒙が必要だ。

皮肉なことに呂蒙に拒絶されることで、俺はアイツへの想いを確固たるものにしていた。

俺は焦った。

この拒絶は一時的なものなのか? それとも…?

ちくしょーっ!

呂蒙がいつも俺の側にいるのが当たり前だと思って安心しきっていた俺がハ"カだった。

俺のやること全てを呂蒙が受止めてくれるのが当たり前だと思い込んでいた。

どうやら俺はいつの間にかアイツの寛容さに甘えていたらしい。

情けないったらありゃしねぇ。

最初の接吻で嫌悪感とか感じているふうではなかったし、それでああまで嫌がらなくてもイイじゃねぇかとも思うが、今はそんなことより呂蒙が俺の元に戻ってくるかどうかが問題だ。

恋愛沙汰は別にしてもだ。

さぁ今、俺はどうすべきだ?

・・・・・・。

とにかく呂蒙を捜しだして連れ戻そう。

話はそれからだ。

しかし、色々探し回っても呂蒙は見つからない。

俺にはこんな時アイツが行きそうな所がどこだか今一つ判らなかった。

あれだけいつも側にいたのに、呂蒙のことを何も知らなかったのだと痛感した。

ああっ、自分の不甲斐なさに腹が立つぜ。

呂蒙を失いたくないのにどうすることも出来ず途方に暮れた俺は、 呆然と屋敷へ戻るしかなかった。

夕暮れどき、俺の心配を余所に呂蒙はちゃんと俺の屋敷に帰ってきた。

俺は内心ホッとしたが、呂蒙にいつものような笑顔が無いのが気になった。

「只今戻りました、遅くなってすみません、すぐ食事の用意をしますから、で…その…昼間はすみませんでした」

俯き加減で呂蒙が謝ってきた。

俺は慌てて続けた。

「オメーが謝ることねぇって、俺が変なことイキナリしたから…、ホントすまなかったな」

そういうと、呂蒙はガバッと顔をあげて

「太史慈様は悪くありません! それに変だなんて…そんなこと絶対ありません!!」

と、まくし立てた。

「ただ僕は……その……つまり……」

しかしその後に続く言葉はにごらせ、また顔を俯かせた。

「……そうだ、食事の用意をはやくしないと…」

言うやいなや呂蒙は厨房に消え、結局何を言わんとしたかはわからなかった。

食事中も呂蒙に笑顔は無くほとんど俯いたままで、話しかけてもこないし、俺と目を合わそうともしない。

なんとも居心地の悪い空気が俺たちの周りを漂う。

こんなのは本当に初めてだ。

もっとちゃんと話をして昼間のあれは単なるからかいだけじゃ無いのだと伝えようと思うのだが、ギクシャクとした雰囲気に呑まれて、どうにも話が切り出せねぇ。

たくっ、敵と斬り合うほうがよっぽど簡単だぜ。

そろそろ食べ終わろうかというところまで来てしまって、なんとか呂蒙が後片づけに入る前に話をつけねばと焦り始めていれば、呂蒙の方から遠慮がちに話しかけてきた。

「あの…太史慈様……」

「な、なんだ?」

俺の声は少しひきつっていたかもしれないが、呂蒙は気にした風もなくひっそりとした声で続けた。

「昼間、あんな風に僕をからかったのは、僕の気持ちに気が付いていらっしゃるからなんでしょう?」

え? ちょっと待て。おまえの気持ちってなんだ?

「だったら、もう僕のことからかったりしないで、きっぱりと拒んで下さい」

は? ちょっと待て。なんで俺がオメーを拒絶せにゃならねぇんだ?

「そしたら、あなたのこときっちり諦めて、武人としてだけついて行きます」

へ? ちょっと待て。諦めるって何をだ?

ちょっと待て。

ちょっと待て。

ちょっと待て。

軽く混乱してしまったが、なんか今の話だと、まるで…。

「おいおい呂蒙よ、俺には話がちっとも見えねぇんだが…」

「え? ち、違うんですか? だったら何故あんなこと…?」

呂蒙が両目を見開き顔を真っ赤にして、いかにも‘しまった’という顔をしている。

やっぱりそうなのか? 本当にそうなのか?

呂蒙の気持ちを確かめたい俺は、心がはやる。

「そもそも、おまえの気持ちってどんなんだ?」

「そ、それは……」

赤い顔でわたわたと焦っているかと思うと、呂蒙が急にガタッと立ち上がった。

「す、すみません太史慈様、ぼ、僕、急用を思いだしましたので…」

脱兎のごとく玄関へと走り去ろうとした呂蒙だが、二度も逃がすほど俺は甘くはねぇ。

すばやく後ろ襟を掴んで引き寄せ、逃げられないよう後ろから強く抱きしめた。

「ひ〜っ、太史慈様何するんですかぁ! 離して下さい!」

「まだ、質問の答えを聞いてねぇ」

「そ、それは、また後程に…」

「だめだ」

「太史慈様ぁ〜、カンベンして下さいよぉ」

「俺はな呂蒙、オメーのことを何でもちゃんと知っときてぇんだよ」

「え? 何故ですか?」

「惚れた相手のことを知りたいと思うのはごく自然なことだろが」

「え? あ? ええっ!!? そっそれって…」

「俺はオメーに惚れちまってるって言ってんだよ」

「ほ、本当に?」

「俺はこんな冗談言えるほど器用じゃねぇよ」

すると呂蒙のヤツは大人しくなり、黙りこくってしまった。

後ろからでは呂蒙が今どんな表情をしているか判らずちょっと不安になる。

しばらくすると呂蒙を抱きしめている腕に冷たい感触が、ポタリポタリと感じられた。

まさかコイツ、泣いてやがるのか?

不安が増して、俺は腕の力を弱め呂蒙を自分の方に向き直させる。

「お、おい、呂蒙?」

おそるおそる声をかける。

呂蒙は俯いてしまっているのでやはり表情は判らないが、ポスッと俺の胸に身を預けてきた。

「僕、嬉しいです…」

ギュッと抱きついてくる呂蒙を、俺も強く抱き返す。

この腕の中に呂蒙を感じ取れることがこんなにも幸せなコトかとしみじみ思った。

−了−

( 2007.09.09 里武 )

子義さんヘタレた…。
今はコレが精一杯…。(万国旗は出ませんが…。)
八月の猛暑で遅々として進まず、ようやく書き上げても何だかヘンで、結局四回も全文書き直すハメに。
なんとか折り合いをつけましたが、涼しい時にイッキに書き上げていたら、おそらくもっと違うものになっていたことでしょう。
始めは閨に連れ込むまでは書くつもりだったのに…。