『 睦まじき二人、黄蓋の勧めを辞退する 』

「おーいお前ら、ちょっと待て」

宮廷内を移動中の太史慈と呂蒙を、黄蓋が後ろから呼び止めた。

「なんだ黄蓋、またこの間みたいなくだらん話なら聞かねぇぞ」

足は止めたものの、太史慈はちょっとイヤな顔をしつつ振り返る。

「いやいや、今日は呂蒙に話があるんだ」

「えっ、僕ですか?」

将軍の黄蓋から直々に話があるとは一体何事だろうかと、呂蒙は心の中で首を傾げる。

「なぁ呂蒙、お前 見合いしないか?」

「ええっ、お見合い? 僕が?」

「お前もそれなりの年だ、身を固めて落ち着いてかまわないんじゃないか?」

「え、ええ、まぁ…」

呂蒙が黄蓋と直接話したことはまだ数えるほどで、太史慈ならともかくなぜ自分になのかと、突飛な話に更に首を傾げる。

いやこの際、黄蓋の理由なんて二の次だった。

呂蒙には結婚する気なんてさらさら無い。

なぜなら太史慈という唯一無二の想い人がいるからだ。

ここはなんとか失礼の無いように断らねばと、呂蒙は必死で言葉を探した。

「お話は有難いのですが、でも僕はまだ半人前で、太史慈様を差し置いて結婚だなんて…」

「あっちゃぁ、お前の方はそう来たか…」

すみません…と頭を下げる呂蒙だったが、‘お前の方は…’という言葉に引っ掛かりを覚え、また更に首を傾げる。

「おい黄蓋、一体何を企んでやがる?」

突然、ドスの利いた言葉が一帯に響く。

呂蒙が振り返ると、そこには物凄い形相で黄蓋を睨みつける太史慈がいた。

しかし流石は黄蓋、太史慈に睨まれても全く動じていない。

「いやほら、お前が‘身の回りのことなら呂蒙がしてくれるから結婚なんてする必要はない’って見合いを断るからさ…」

黄蓋はすでに太史慈にも縁談話を持ちかけていた。

そのことを太史慈から何も聞かされていなかった呂蒙はショックを隠しきれなかった。

だが、自分を理由に断ってくれていたことには素直に嬉しいと思った。

「呂蒙が家庭をもってお前のことばかりに構っていられなくなったら、お前もその気になるかと思ったんだがなぁ…」

まいったなぁ、と困った顔をする黄蓋だが、ふと何かいい案を思いついたようで、ぽんと手を叩く。

「そうだ、お前ら一緒に見合いしちまえ」

「いらん世話だ!」

間髪入れず、太史慈が拒絶の言葉を発するが、黄蓋は全く意に返さない。

「そうは言っても、孫策様からお前にイイ縁談見繕ってやってくれって頼まれてんだぜ、俺」

流石に敬愛する前君主の名前を出されては、太史慈もちょっと困った顔をする。

「それに……身の回りの世話はしてくれても、男の呂蒙じゃ夜の相手まではしてくれんだろ?」

お前、そっちのシュミ無いし…と、黄蓋は口に手を添え太史慈だけにこそっと言う振りをしたが声の大きさを変えるでもなく、それは呂蒙にも丸聞こえだった。

黄蓋の下品な物言いに思わず赤面する呂蒙だったが、心の中では‘そんなことはありません’と否定したい思いを必死に抑えていた。

そのまま黙っていると、太史慈がなぜかキッと呂蒙を睨む。

へなちょこっ!

「はいっ!」

太史慈の迫力に押されて赤い顔から急激に青ざめる呂蒙だったが、それに構うことなく太史慈が続ける。

「お前、今夜 伽をしろ」

「えっ? ええっ〜〜〜!? なっなっなんなん…」

なんてこと人前で言いだすんですか、あなたは!

再度赤面する呂蒙はそう言いたかったのだが、動揺してそれ以上言葉にはならなかった。

い・い・なっ?

「は…はい…」

もう何がなんだか…と、驚愕と羞恥が入り交じって呂蒙の頭は混乱し、自分の顔色は一体今は赤いのか青いのか、はたまた紫だろうかと、どうでもいいワケの判らない考えに陥っていた。

「オイオイいくら見合いしたく無ぇからって言うに事欠いて…、呂蒙も困ってるじゃないか」

売り言葉に買い言葉 と思ったらしく、黄蓋は完全に冗談と受取ったようだが、太史慈の表情は固い。

「というわけだ黄蓋、俺もこいつも見合いはしない、孫策様には悪いが…な」

太史慈の至極真面目な態度に、黄蓋も感じるものがあったらしい。

「えっ、えと…、お前らマジ…なのか……?」

「悪りぃ、じゃあな」

すたすたと太史慈が歩き出したので、呂蒙が慌てて追いかける。

呂蒙がちらりと振り返ると、黄蓋がまだ呆然と立ち尽くしていた。

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「いや、あんときゃホント驚いたんだぜ 呂蒙」

赤い顔の黄蓋将軍が、僕の背中をバンバンと叩く。

「男色なんて別段珍しくもないが、それまで太史慈のヤツにそっちの趣味は無かったはずだからなぁ…」

今は宮廷で催される新年を祝う宴の真っ最中。

軍師として一通りの挨拶を終えたので、僕はさっさと太史慈の所へ行こうと思っていたのだけれど、黄蓋将軍に捕まってしまったのだ。

正直なところ、あの時の話は少々恥ずかしいので、あまり蒸し返されたくは無いんだけどなぁ。

太史慈が黄蓋将軍に僕との仲を隠さなかったことは、恥ずかしいながらもすごく嬉しかったんだけれども。

「閨中じゃそんなにお前はいいのか?」

「黄蓋将軍 悪酔いしてますよ、もう休まれてはどうですか?」

下品なこと言いだした黄蓋将軍を軽くたしなめつつ、なんとか逃げ出そうと画策する。

「いやすまんすまん、でも実際のところ、お前と太史慈は良く出来た対だと思うぜ」

急に真面目な顔でそんな風に言われて思わず僕は面食らう。

「お前らは組木みたいにさ、合わせるときちっと綺麗にはまって離れないって感じがするんだよなぁ」

思わぬ褒め言葉に赤面する。

まさか、あの昔話からこんな風に話が続くとは思っていなかった。

「お前も今じゃ立派な軍師だし、きっと孫策様も納得するだろうよ」

うんうん、よかったよかった…と、黄蓋将軍は何故だか自分のことのようにご満悦な表情だ。

僕といえば、孫策様の名前まで出されてなんとも面映ゆい。

なんと答えたものかと言葉を探すが、上手い言葉が見つからない。

「あの……有難う…ございます…」

「今年も、いや、これからもずっと太史慈のヤツをよろしく頼むな」

「はっはい! お任せ下さい」

「さてと、今度は太史慈のヤツをからかいに行くとするか」

そう言って黄蓋将軍はフラフラと立ち上がると千鳥足ながらもさっさと行ってしまった。

残された僕は、自分の顔が緩んでいくのを感じていた。

太史慈に好きだと言われたばかりの僕は、ただただ舞い上がっていた。

でもあの時に‘本当に太史慈の側にいるのが僕でいいんだろうか?’って不安を抱いてしまったんだ。

だからあの後、思わず太史慈に問い掛けてしまった。

「本当にこれでよろしかったんですか?」

「ああっ?」

「太史慈様ほどのお方が独り身というのも、やはりどうかと…」

「なんだお前、俺と別れたいのか?」

「ちっ違います、そんなわけ あるはずないでしょう」

「じゃあ、なんだってんだ?」

「ただ…もし僕の存在が太史慈様にとって良く無いのなら…、それに孫策様の願いでもあるわけですし…」

「ばーかっ、ヘンな気まわしてんじゃねぇよ、俺がお前を選んだんだ、誰にも文句は言わせねぇ、たとえ…孫策様でも…な」

「太史慈様…」

太史慈にそこまで言ってもらえて、心底嬉しかった。

やはり僕にはこの人しかいない、誰に何を言われようと もう太史慈を諦めることなんて出来ない。

いかにこの時の自分の言葉が軽はずみだったかを思い知った。

「俺は今のままが一番 なんだよ」

「ぼっ僕も今のままが一番 です!」

「あほぅ、お前ははやく一人前にならねぇと だろ?」

「ハハっ、そうでした」

「ったく、へなちょこが…」

そう、はやく一人前に、太史慈と並び立っても誰にも文句を言われないように、誰からも認められるように。

太史慈に出会ってから、僕はずっとそうなる為に努力してきた。

それを忘れて身を引こうと思ってしまうなんてどうかしていたのだ。

あの時はついつい自分の自信の無さに負けてしまったけれど、あれから更に気持ちを引き締めて頑張ってきた。

軍師になることが出来て だいぶ自信も付いてきたけれど、実際周りから見てどうなんだろうって思わないでもなかった。

だから、黄蓋将軍にハッキリと認めて貰えて嬉しくって嬉しくって仕方がない。

この喜びを早く太史慈に伝えたくて彼を捜したけれど、見つけた時には黄蓋将軍に絡まれていた。

そういえば、そんなこと言っていたっけ。

今僕がそこへ行くと またヘンにからかわれるだろうから、仕方なく黄蓋将軍が離れるのを待っていたのだけれど、なかなか太史慈は解放されず、お開きになってもそのまま二人は朝まで飲んでいた…。

僕の黄蓋将軍への有難い気持ちは、かなり薄れてしまった…。

−了−

( 2008.02.04 里武 )

書いていくうちに後半部分は当初考えているものとは全く別物になってしまいました。
不思議なことに鋼鉄のSSではよくありましたが、他ではまずありません。

黄蓋将軍のキャラを勝手に作ってしまってすみません。
私の中では、太史慈を弟分としてとても可愛がっているとなっています。
てか、これ書く上でそうなりました。多分。

※ようやくタイトル付けました。いやホントなんにも思いつかず、こんなんなりました。(2008.02.11)
冒頭が巻之四と同じなのは仕様です(笑)。いや、なんか引っ掛かってはいたんですが、アップ後気がついてたり…。
私ってば、黄蓋将軍をいいように使っちゃってますね。将軍ごめんよ。