月夜を泳ぐことを夢見る魚(2006.5.13日記より)

夜中に目が覚めた。
無音の夜。
分厚い粘土のような雲に覆われた闇夜。
雲の裏では光の速度で星が降っているに違いない。
だが、こちらからではその様子をうかがい知ることはできない。

何かが変だ。
魚が宙を飛び、猫は次々と毛を逆立てて内部から破裂している。
何かが変だ。
だが、何が変だかわからない…。
俺は空を見る。空から見下ろして空を見上げる。
月のない夜を見る。月は俺の内部で紫色になり放射能を出しながらシュワシュワと音をたてて溶けてゆく。
無面の千手観音像。
頭が7つの阿修羅像。
溶ける。溶ける夜。
溶けた世界は魚の内臓の臭いを発しながらドロリと俺の目を覆う。
宙に舞った魚達が共食いを始めた。
収束? いや拡散?
世界は収束を始めたが、同時に薄くなってきたようにも思える。
祭りの帰り。金魚をぶら下げて帰る少年が見える。
あれは誰だった?
あれは…、あれは…、俺は…、俺は…、金魚だ!
世界が閉じる。ビニール袋の世界。
溶ける。溶ける。塩素の水。

少年の顔が俺に近づく。
少年はひとつ目で、金魚である俺を見てゲハゲハと笑った。
粘土のような雲が晴れてゆく。
雲の合間に現れたのは巨大なみっつの赤い月。
俺は悲鳴を上げたが、口からゴバゴバと泡が出ただけであった。

単に金魚が人間である夢を見ていただけだった。
ただ、その夢が長すぎて金魚は金魚であることを忘れてしまっていたのだ。
ひとつ目の少年は金魚の入った袋を振り回しながら、シャレコウベの山へと消えていった。